2011年5月8日日曜日

日本音楽理論研究会第18回例会発表概要

統一テーマ 「J.S.バッハの作曲技法とその近代音楽への射程」

1. 「バッハの平均律第223番のフ-ガにおける対位法技法と和声」 小河原美子 
1230-1340
バッハというと対位法の大家というイメ-ジが強いが、今回はその複雑な対位法を支え、その音楽を魅力的なものにしている和声にも注目してフ-ガの分析をしてみたい。
今回取り上げる23番のフ-ガにおいては主題(主唱)に対して2種類の対位(対唱)が用いられている。第1の対位は主要呈示部において用いられるのみであるが、その後現れる第2の対位は12度の転回可能対位法を用いて、主題の和声をパッサカリアのように様々に変化させてゆく。まずフ-ガ全体を分析して、その後主題に対する和声付けをていねいに見てみたい。
また以前、東京例会において岡崎登代子氏によって分析された同じく2巻の16番のフ-ガも主題の呈示のみを取りだし、その色彩豊かな和声を分析してみたい。

2. 「バッハの作品にみられるソナタ形式の萌芽」 大野聡 (1340-1520
バッハの音楽はバロック様式の楽曲であり、古典派のソナタ形式が確立される以前の音楽である。それらは(曲ごとに異なる)多種多様な形式があり、楽曲構造の形態に(古典派のような)一般的な規定を与えることはできない。しかし調性音楽であり、調性構造の力性にもとづいて楽曲が構成されるのは古典派と同様である。
そのため調性構造のプロセスに共通性も見いだされる。さらに、楽曲の構成のさまざまな可能性が(曲ごとに)探索されていく中で、次の時代(古典派)にソナタ形式のパターンとして収斂されていく要素が見受けられるようになる。
今回は主に『平均律クラヴィーア曲集第2集』の『前奏曲』の『第5番D dur』『第11番F dur』『第12番f moll』『第13Fis dur』『第18gis moll』『第19番A dur』『第21番B dur』の中から、古典派のソナタ形式につながるような特徴をあげていきたい。

3. 報告「音楽アーカイブ設立のお知らせ」 宮川直己 (1540-1550
「音楽アーカイブ」というと日本ではなじみの薄い言葉だが、実はこれから先の音楽状況を考えて行く上で欠かせないものである。ますます音楽活動が広範囲に拡大して各々個人が目指したい方向が多様また深化されていくなか、その志向の突破口のツールとして将来的に必要な施設なのである。たとえばあるアリアの楽譜だけがほしいがその楽譜はヴォーカルスコアーからでなければ見つけられない場合、ヴォーカルスコアーからその部分だけ取り出して提供および貸出し、そのアリアの周辺部分の原語によるオリジナル台本や、そのオペラ全般、あるいはアリアについての音楽的、演劇的概要などを付加して情報提供する。図書館学で言うレファレンスの方法を拡大し、利用者の潜在的情報要求を掘り起こしながら資料探索手段の可能性を広めるためのインフラを整備することがこの今回の「音楽アーカイブ」設立の趣旨となっている。音楽情報のインフラ整備という活動が果たしてどれだけ社会性を持った生産基盤となりえるのか、利用者がどれほど見込めるのか、このような問題を調査しつつ、公共的性格を持ちながら民間事業として多くの方々へ音楽探究の機会を容易に提供できることを追求していきたい。(東京Naochivio音楽研究所)
 
4.「『ゆれの理論』から見たDebussy音楽の分析」 福田由紀子 (1550-1730
一昔前は、一般的に、フランス近代音楽は調性音楽から逸脱しているとみなされて、調性分析は出来ないとされていた。
しかし、島岡 譲先生の「ゆれが和声を生み出す」という考えに基づく、『ゆれの理論』を用いることで、今現在では、分析が可能である。ゆれとは、緊張―弛緩の関係であり、解決進行はゆれの本質である。
従来の「和声」観は、和音の根音関係が和声のルールである、とされてきた。ゆえに弱進行などと言われタブー視されていたものもあるが、ゆれから見ると、弱進行も強進行もないという考え方になる。一般にはⅤ→Ⅳの進行は弱進行と言われているが、本当の意味は、倚和音によるⅤ→Ⅰの解決延引であり、Debussy だから使っていたのではなくMozartも使っていた(亜麻色の髪の乙女で記述)ことは驚きである。ゆれという視点から分析すると、今まで説明がつかなかった和音や根音関係も、全て説明可能になる。
この『ゆれの理論』を用いて、Debussyの前奏曲第1巻から、「デルフィの舞姫」、「亜麻色の髪の乙女」、「沈める寺」を分析し、Debussyの音楽も調性音楽であることを証明する。
調性音楽と言われる音楽は、バロック音楽もフランス近代音楽も、作りは同じである。
Debussyの音楽は、単に調性音楽と云うにとどまらず、Bachの音楽とも密接な関連があるといえる。