2014年5月2日金曜日

日本音楽理論研究会第24回例会 発表概要 川崎瑞穂

ロシア構造言語学と音楽分析
―― 奥秩父山地の民俗音楽に関する音韻論的研究 ――
  

 発表者の方法論的視座である「構造人類学」は、ブルバキの現代数学やフロイトによる無意識の探究、モースによる全体的社会事象の研究、さらに、ソシュールやヤコブソンの構造言語学などを母体としている。ソシュールは「ラング/パロール」や「シニフィアン/シニフィエ」といった概念により、構造論的分析の基礎を築いたが、彼を継承したロシアの言語学者たち、中でもヤコブソンやトルベツコイといった、プラハ言語学派の中心人物たちは、言語を音素に還元して分析する「音韻論」を確立した。

レヴィ=ストロースはこの「音素」を「神話素」と読み換え、音韻論を神話学に応用したが(『神話論理』ほか)、音韻論的手法は、日本音楽、とりわけ囃子の分析にも有効であると、発表者は考えている(拙稿「伝統芸能の構造分析試論―「料理の三角形」理論の実践的応用―」『藝能史研究』第200号、2013年、参照)。本発表では、音韻論的観点から先学の音楽分析理論について検討すると共に、「旋律概形線」の理論を用いた音韻論的分析の可能性について考察する。

また、今回はその分析の応用例として、長年調査を続けている、埼玉県秩父市旧荒川村の「神明社神楽」を採り上げる(神明社神楽については拙稿「オーラル・ヒストリーから読み解く秩父市荒川白久「神明社神楽」の古層信仰」『日本オーラル・ヒストリー研究』第9号、2013年、参照)。発表者は2012107日の日本音楽理論研究会第21回例会において、千葉県に伝承されている、幕末の鼓笛隊の影響があるとされる民俗芸能「オランダ楽隊」の音楽の構造論的分析を行った(「洋楽渡来と野生の思考(パンセ・ソバージュ)洋楽流入期における民俗的思考に関する構造人類学的研究―」)。


神明社神楽の囃子には、オランダ楽隊の囃子に頻出する旋律が挿入されている。発表者は2012121日の東洋音楽学会・東日本支部第68回定例研究会において、「旋律概形線」の理論を用いて、神明社神楽の全楽曲(22曲)の分析を行い、13個の音型(音素)を析出したが(「秩父市旧荒川村の《道引はやし》に関する構造人類学的考察―神明社神楽の楽曲分析を中心に―」)、この分析の妥当性を証明するように、オランダ楽隊に由来する旋律だけは、全く音型を共有していないのである。本発表は、音韻論的音楽分析の可能性を指摘するのみならず、発表者による前述2回の研究発表における分析を検証・理論化する試みであるともいえよう。

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